ろがいい。その本箱の上へどうだろう。」
「お酒は? コップで?」
「深夜の酒は、コップに注《つ》げ、とバイブルに在る。」
 私は嘘《うそ》を言った。
 キクちゃんは、にやにや笑いながら、大きいコップにお酒をなみなみと注いで持って来た。
「まだ、もう一ぱいぶんくらい、ございますわ。」
「いや、これだけでいい。」
 私はコップを受け取って、ぐいぐい飲んで、飲みほし、仰向に寝た。
「さあ、もう一眠りだ。キクちゃんも、おやすみ。」
 キクちゃんも仰向けに、私と直角に寝て、そうしてまつげの長い大きい眼を、しきりにパチパチさせて眠りそうもない。
 私は黙って本箱の上の、蝋燭の焔《ほのお》を見た。焔は生き物のように、伸びたりちぢんだりして、うごいている。見ているうちに、私は、ふと或る事に思い到《いた》り、恐怖した。
「この蝋燭は短いね。もうすぐ、なくなるよ。もっと長い蝋燭が無いのかね。」
「それだけですの。」
 私は黙した。天に祈りたい気持であった。あの蝋燭が尽きないうちに私が眠るか、またはコップ一ぱいの酔いが覚めてしまうか、どちらかでないと、キクちゃんが、あぶない。
 焔はちろちろ燃えて、少しずつ
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