として敬愛し、羊の肉片など投げてやるとさっと飛んで来て口に咥《くわ》え、千に一つも受け損ずる事は無い。落第書生の魚容は、この使い烏の群が、嬉々《きき》として大空を飛び廻っている様をうらやましがり、烏は仕合せだなあ、と哀れな細い声で呟《つぶや》いて眠るともなく、うとうとしたが、その時、「もし、もし。」と黒衣の男にゆり起されたのである。
魚容は未だ夢心地で、
「ああ、すみません。叱《しか》らないで下さい。あやしい者ではありません。もう少しここに寝かせて置いて下さい。どうか、叱らないで下さい。」と小さい時からただ人に叱られて育って来たので、人を見ると自分を叱るのではないかと怯《おび》える卑屈な癖が身についていて、この時も、譫言《うわごと》のように「すみません」を連発しながら寝返りを打って、また眼をつぶる。
「叱るのではない。」とその黒衣の男は、不思議な嗄《しわが》れたる声で言って、「呉王さまのお言いつけだ。そんなに人の世がいやになって、からすの生涯がうらやましかったら、ちょうどよい。いま黒衣隊が一卒欠けているから、それの補充にお前を採用してあげるというお言葉だ。早くこの黒衣を着なさい。」ふ
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