わりと薄い黒衣を、寝ている魚容にかぶせた。
たちまち、魚容は雄《おす》の烏。眼をぱちぱちさせて起き上り、ちょんと廊下の欄干《らんかん》にとまって、嘴《くちばし》で羽をかいつくろい、翼をひろげて危げに飛び立ち、いましも斜陽を一ぱい帆に浴びて湖畔を通る舟の上に、むらがり噪いで肉片の饗応《きょうおう》にあずかっている数百の神烏《しんう》にまじって、右往左往し、舟子の投げ上げる肉片を上手《じょうず》に嘴に受けて、すぐにもう、生れてはじめてと思われるほどの満腹感を覚え、岸の林に引上げて来て、梢《こずえ》にとまり、林に嘴をこすって、水満々の洞庭の湖面の夕日に映えて黄金色に輝いている様を見渡し、「秋風|飜《ひるがえ》す黄金浪花千片か」などと所謂《いわゆる》君子|蕩々然《とうとうぜん》とうそぶいていると、
「あなた、」と艶《えん》なる女性の声がして、「お気に召しまして?」
見ると、自分と同じ枝に雌《めす》の烏が一羽とまっている。
「おそれいります。」魚容は一揖《いちゆう》して、「何せどうも、身は軽くして泥滓《でいし》を離れたのですからなあ。叱らないで下さいよ。」とつい口癖になっているので、余計な一
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