日毎日、忍び難い侮辱ばかり受けて、大勇猛心を起して郷試に応じても無慙《むざん》の失敗をするし、この世には鉄面皮の悪人ばかり栄えて、乃公の如き気の弱い貧書生は永遠の敗者として嘲笑せられるだけのものか。女房をぶん殴って颯爽《さっそう》と家を出たところまではよかったが、試験に落第して帰ったのでは、どんなに強く女房に罵倒《ばとう》せられるかわからない。ああ、いっそ死にたい」と極度の疲労のため精神|朦朧《もうろう》となり、君子の道を学んだ者にも似合わず、しきりに世を呪《のろ》い、わが身の不幸を嘆いて、薄目をあいて空飛ぶ烏《からす》の大群を見上げ、「からすには、貧富が無くて、仕合せだなあ。」と小声で言って、眼を閉じた。
 この湖畔の呉王廟は、三国時代の呉の将軍|甘寧《かんねい》を呉王と尊称し、之を水路の守護神としてあがめ祀《まつ》っているもので、霊顕すこぶるあらたかの由、湖上往来の舟がこの廟前を過ぐる時には、舟子《かこ》ども必ず礼拝し、廟の傍の林には数百の烏が棲息《せいそく》していて、舟を見つけると一斉に飛び立ち、唖々《ああ》とやかましく噪《さわ》いで舟の帆柱に戯れ舞い、舟子どもは之を王の使いの烏
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