孤客《こかく》の如く、心は渺《びょう》として空《むな》しく河上を徘徊《はいかい》するという間の抜けた有様であった。
「いつまでもこのような惨《みじ》めな暮しを続けていては、わが立派な祖先に対しても申しわけが無い。乃公《おれ》もそろそろ三十、而立《じりつ》の秋だ。よし、ここは、一奮発して、大いなる声名を得なければならぬ」と決意して、まず女房を一つ殴《なぐ》って家を飛び出し、満々たる自信を以《もっ》て郷試《きょうし》に応じたが、如何《いか》にせん永い貧乏暮しのために腹中に力無く、しどろもどろの答案しか書けなかったので、見事に落第。とぼとぼと、また故郷のあばら屋に帰る途中の、悲しさは比類が無い。おまけに腹がへって、どうにも足がすすまなくなって、洞庭湖畔《どうていこはん》の呉王廟《ごおうびょう》の廊下に這《は》い上って、ごろりと仰向《あおむけ》に寝ころび、「あああ、この世とは、ただ人を無意味に苦しめるだけのところだ。乃公の如きは幼少の頃より、もっぱら其《そ》の独《ひと》りを慎んで古聖賢の道を究《きわ》め、学んで而《しこう》して時に之《これ》を習っても、遠方から福音の訪れ来る気配はさらに無く、毎
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