《けむ》るが如き一隅にお人形の住家みたいな可憐な美しい楼舎があって、いましもその家の中から召使いらしき者五、六人、走り出て空を仰ぎ、手を振って魚容たちを歓迎している様が豆人形のように小さく見えた。竹青は眼で魚容に合図して、翼をすぼめ、一直線にその家めがけて降りて行き、魚容もおくれじと後を追い、二羽、その洲の青草原に降り立ったとたんに、二人は貴公子と麗人、にっこり笑い合って寄り添い、迎えの者に囲まれながらその美しい楼舎にはいった。
 竹青に手をひかれて奥の部屋へ行くと、その部屋は暗く、卓上の銀燭《ぎんしょく》は青烟《せいえん》を吐《は》き、垂幕《すいばく》の金糸銀糸は鈍く光って、寝台には赤い小さな机が置かれ、その上に美酒|佳肴《かこう》がならべられて、数刻前から客を待ち顔である。
「まだ、夜が明けぬのか。」魚容は間《ま》の抜けた質問を発した。
「あら、いやだわ。」と竹青は少し顔をあからめて、「暗いほうが、恥かしくなくていいと思って。」と小声で言った。
「君子の道は闇然《あんぜん》たり、か。」魚容は苦笑して、つまらぬ洒落《しゃれ》を言い、「しかし、隠《いん》に素《むか》いて怪を行う、という
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