そろえて叫んで、ぱっと飛び立つ。
 月下白光三千里の長江《ちょうこう》、洋々と東北方に流れて、魚容は酔えるが如く、流れにしたがっておよそ二ときばかり飛翔して、ようよう夜も明けはなれて遥《はる》か前方に水の都、漢陽の家々の甍《いらか》が朝靄《あさもや》の底に静かに沈んで眠っているのが見えて来た。近づくにつれて、晴川《せいせん》歴々たり漢陽の樹、芳草|萋々《せいせい》たり鸚鵡《おうむ》の洲、対岸には黄鶴楼の聳《そび》えるあり、長江をへだてて晴川閣と何事か昔を語り合い、帆影点々といそがしげに江上を往来し、更にすすめば大別山《だいべつざん》の高峰眼下にあり、麓《ふもと》には水漫々の月湖ひろがり、更に北方には漢水|蜿蜒《えんえん》と天際に流れ、東洋のヴェニス一|眸《ぼう》の中に収り、「わが郷関《きょうかん》何《いず》れの処ぞ是《これ》なる、煙波江上、人をして愁えしむ」と魚容は、うっとり呟いた時、竹青は振りかえって、
「さあ、もう家へまいりました。」と漢水の小さな孤洲の上で悠然と輪を描きながら言った。魚容も真似して大きく輪を描いて飛びながら、脚下の孤洲を見ると、緑楊《りょくよう》水にひたり若草|烟
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