は出したくない。Dって、なんだいと馬耳東風、軽蔑されるに違いない。私の作品が可哀そうだ、読者にすまない。K町の辻馬の末弟です。と言えば、母や兄に赤恥かかせることになる、それにいま長兄は故郷の或る事件で、つらい大災厄に遭っているのを、私は知っている。私の家は、この五、六年、私の不孝ばかりでは無く、他の事でも、不仕合せの連続の様子なのである。おゆるし下さい。
「K町の、辻馬……」というには言った積りなのであるが、声が喉《のど》にひっからまり、殆ど誰にも聞きとれなかったに違いない。
「もう、いっぺん!」というだみ声が、上席のほうから発せられて、私は自分の行きどころの無い思いを一時にその上席のだみ声に向けて爆発させた。
「うるせえ、だまっとれ!」と、確かに小声で言った筈なのだが、坐ってから、あたりを見廻すと、ひどく座が白けている。もう、駄目なのである。私は、救い難き、ごろつきとして故郷に喧伝《けんでん》されるに違いない。
その後の私の汚行に就いては、もはや言わない。ぬけぬけ白状するということは、それは、かえって読者に甘えている所以《ゆえん》だし、私の罪を、少しでも軽くしようと計る卑劣な精神か
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