で居るのである。病気がなおって、四年このかた、私の思いは一つであって、いよいよ熾烈《しれつ》になるばかりであったのである。私も、所詮は心の隅で、衣錦還郷というものを思っていたのだ。私は、ふるさとを愛している。私は、ふるさとの人、すべてを愛している!
招待の日が来た。その日は、朝から大雨であった。けれども私は、出席するつもりなのである。私は、袴を持っている。かなり、いい袴である。紬《つむぎ》なのである。これは、私の結婚式の時に用いただけで、家内は、ものものしく油紙に包んで行李《こうり》の底に蔵している。家内は之を仙台平《せんだいひら》だと思っている。結婚式の時にはいていたのだから仙台平というものに違い無いと、独断している様子なのである。けれども、私は貧しくて、とても仙台平など用意できない状態だったので、結婚式の時にも、この紬の袴で間に合せて置いたのである。それを家内が、どういうものだか、仙台平だとばかり思っている様子だから、今更、その幻想をぶち壊すのも気の毒で、私は、未だにその実相を言えないで居るのである。その袴を、はいて行きたかった。私にとって、せめて錦衣のつもりなのであった。
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