ある。
「この辺は、みんな、あなたの畑なんでしょうか。」かえって私のほうが、腫物《はれもの》にでも触るような、冷や冷やした気持で聞いてみた。
「そうです。そうです。」すこし尖った口調で答えて、二度も三度も首肯した。
「家が建つのだそうですね。いつごろ建つの?」
「もう、間も無く建ちますよ。立派な、お屋敷が建つらしいですよ。ははは。」男みたいに不敵に笑った。
「あなたがたのお家じゃないんですね。それじゃ、畑をお売りになっちゃったというわけですね。」
「ええ、そういうわけです。売っちまったというわけですよ。」
「この辺は、坪いくらしましょう。相当いい値でしょうね。」
「なあに、坪、二三十円も、しますかね。へっへ。」低く笑って、けれどもその顔を見ると、汗が額に、にじみ出ている。懸命なのである。
 私は、負けた。この上いじめるのは、よそうと思った。私だって、嘗《か》つては、このように、見え透いた嘘を、見破られているのを知っていながらも一生懸命に言い張ったことがあったのだ。その時も、やはり、あの不思議な涙で、瞼がひどく熱かったことを覚えている。
「植えていって下さい。おいくらですか?」早くこの者に帰ってもらいたかった。
「あれま、売りに来たわけじゃ無いですよ。薔薇が、可哀そうだから、お願いするのですもの。」満面に笑を湛《たた》えてそう言い、ひょいと私のほうに顔を近づけ、声を落して、「一本、五十銭ずつにして置いて下さいましい。」
「おい、」と私は、奥の三畳間で、縫いものをしている家内を呼んだ。「この人に、お金をやってくれ。薔薇を買ったんだ。」
 贋百姓は落ちついて八本の薔薇を植え、白々しいお礼を述べて退去したのである。私は植えられた八本の薔薇を、縁側に立ってぼんやり眺めながら家内に教えた。
「おい、いまのは贋物だぜ。」私は自分の顔が真赤になるのを意識した。耳朶《みみたぶ》まで熱くなった。
「知っていました。」と家内は、平気であった。「私が出て、お断りしようと思っていたのに、あなたが、拝見しましょうなんて言って、出てゆくんだもの。あなただけ優しくて、私ひとりが鬼婆みたいに見られるの、いやだから、私、知らん振りしていたの。」
「お金が、惜しいんだ、四円とは、ひどいじゃないか。煮え湯を呑ませられたようなものだ。詐欺だ。僕は、へどが出そうな気持だ。」
「いいじゃないの。薔薇は、ちゃんと
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