らなくなるのだ。家の無い家族のみじめさは、田舎の家や田畠を持っている人たちにはわかるまい。このたびの戦争で家を失った人たちの大半は、(きっとそうだと思うのだが)いつか一たびは一家心中という手段を脳裡《のうり》に浮べたに違いない。
「毛布は、よせよ」
「ケチだなあ、お前は」
とさらにしつこく、ねばろうとしていた時に、女房はお膳を運んで来た。
「やあ、奥さん」と矛先は、そちらに転じて、「手数をかけるなあ。食うものなんか何も要りませんから、さあここへ来てお酌をしてください。修治のお酌では、もう飲む気がしない。ケチくさくて、いけない。殴ってやろうか。奥さん、俺はね、東京時代にね、ずいぶん喧嘩が強かったですよ。柔道もね、ちょっと、やりました。いまだって、こんな、修治みたいなのは一ひねりですよ。いつでもね、修治があなたに威張ったら、俺に知らせなさい。思いきりぶん殴ってやりますから。どうです、奥さん、東京にいた時も、こっちへ来てからも、修治に対して俺ほどこんな無遠慮に親しく口をきける男は無かったろう。何せ昔の喧嘩友達だから、修治も俺には、気取る事が出来やしない」
ここに於いて、彼の無遠慮も、あき
前へ
次へ
全32ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング