く無いのだという事を、ばからしいけど、念のために言い添えて置きたい。それはこの手記のおしまいまでお読みになったら、たいていの読者には自明の事で、こんな断り書きは興覚めに違いないのであるが、ちかごろ甚だ頭の悪い、無感覚の者が、しきりに何やら古くさい事を言って騒ぎ立て、とんでもない結論を投げてよこしたりするので、その頭の古くて悪い(いや、かえって利口なのかも知れないが)その人たちのために一言、言わでもの説明を附け加えさせていただく次第なのだ。どだい、この手記にあらわれる彼は、百姓のような姿をしているけれども、決してあの「イデオロギスト」たちの敬愛の的たる農夫では無い。彼は実に複雑な男であった。とにかく私は、あんな男は、はじめて見た。不可解といってもいいくらいであった。私はそこに、人間の新しいタイプをさえ予感した。善い悪いという道徳的な審判を私はそれに対して試みようとしているのでなく、そのような新しいタイプの予感を、読者に提供し得たならば、それで私は満足なのである)
彼は私と小学校時代の同級生であったところの平田だという。
「忘れたか」と言って、白い歯を出して笑っている。その顔には、幽《か
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