新郎
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)他《ほか》は無い
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)キリストごっこ[#「ごっこ」に傍点]
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一日一日を、たっぷりと生きて行くより他《ほか》は無い。明日のことを思い煩《わずら》うな。明日は明日みずから思い煩わん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。青空もこのごろは、ばかに綺麗《きれい》だ。舟を浮べたいくらい綺麗だ。山茶花《さざんか》の花びらは、桜貝。音たてて散っている。こんなに見事な花びらだったかと、ことしはじめて驚いている。何もかも、なつかしいのだ。煙草一本吸うのにも、泣いてみたいくらいの感謝の念で吸っている。まさか、本当には泣かない。思わず微笑しているという程の意味である。
家の者達にも、めっきり優しくなっている。隣室で子供が泣いても、知らぬ振りをしていたものだが、このごろは、立って隣室へ行き不器用に抱き上げて軽くゆすぶったりなどする事がある。子供の寝顔を、忘れないように、こっそり見つめている夜もある。見納め、まさか、でも、それに似た気持もあるようだ
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