何染《なにぞめ》、何縞《なにじま》がはやろうと着物は無地の手織木綿一つと定め、元日にも聟入《むこいり》の時に仕立てた麻袴《あさばかま》を五十年このかた着用して礼廻《れいまわ》りに歩き、夏にはふんどし一つの姿で浴衣《ゆかた》を大事そうに首に巻いて近所へもらい風呂《ぶろ》に出かけ、初生《はつなり》の茄子《なす》一つは二|文《もん》、二つは三文と近在の百姓が売りに来れば、初物《はつもの》食って七十五日の永生きと皆々三文出して二つ買うのを、あるじの分別はさすがに非凡で、二文を出して一つ買い、これを食べて七十五日の永生きを願って、あとの一文にて、茄子の出盛りを待ちもっと大きいのをたくさん買いましょうという抜け目のない算用、金銀は殖えるばかりで、まさに、それこそ「暗闇《くらやみ》に鬼」の如き根強き身代《しんだい》、きらいなものは酒色の二つ、「下戸《げこ》ならぬこそ」とか「色好まざらむ男は」とか書き残した法師を憎む事しきりにて、おのれ、いま生きていたら、訴訟をしても、ただは置かぬ、と十三歳の息子の読みかけの徒然草《つれづれぐさ》を取り上げてばりばり破り、捨てずに紙の皺《しわ》をのばして細長く切り、紙
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