根、八重の家にはその名の如く春が重《かさな》ったという、此《この》段、信ずる力の勝利を説く。
[#地から2字上げ](武道伝来記、巻二の四、命とらるる人魚の海)
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破産
むかし美作《みまさか》の国に、蔵合《ぞうごう》という名の大長者があって、広い屋敷には立派な蔵《くら》が九つも立ち並び、蔵の中の金銀、夜な夜な呻《うめ》き出して四隣の国々にも隠れなく、美作の国の人たちは自分の金でも無いのに、蔵合のその大財産を自慢し、薄暗い居酒屋でわずかの濁酒《にごりざけ》に酔っては、
蔵合さまには及びもないが、せめて成りたや万屋《よろずや》に、
という卑屈の唄《うた》をあわれなふしで口ずさんで淋《さび》しそうに笑い合うのである。この唄に出て来る万屋というのは、美作の国で蔵合につづく大金持、当主一代のうちに溜《た》め込んだ金銀、何万両、何千貫とも見当つかず、しかも蔵合の如《ごと》く堂々たる城郭を構える事なく、近隣の左官屋、炭屋、紙屋の家と少しも変らず軒の低い古ぼけた住居で、あるじは毎朝早く家の前の道路を掃除して馬糞《ばふん》や紐《ひも》や板切れを拾い集めてむだには捨てず、世には
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