屍《むくろ》が、入海の岸ちかくに漂っていたという。頭には海草が一ぱいへばりついて、かの金内が見たという人魚の姿に似ていたという。女の主従は左右より屍に取りつき、言葉も無くただ武者振りついて慟哭して、さすがの荒くれた漁師たちも興覚める思いで眼をそむけた。母に先立たれ、いままた父に捨てられ、八重は人心地《ひとごこち》も無く泣きに泣いて、やがて覚悟を極《き》め、青い顔を挙げて一言、
「鞠、死のう。」
「はい。」
と答えて二人、しずかに立ち上った時、戞々《かつかつ》たる馬蹄《ばてい》の響きが聞えて、
「待て、待てえ!」と野田武蔵のたのもしい蛮声。
馬から降りて金内の屍に頭を垂れ、
「えい、つまらない事になった。ようし、こうなったら、人魚の論もくそも無い。武蔵は怒った。本当に怒った。怒った時の武蔵には理窟《りくつ》も何も無いのだ。道理にはずれていようが何であろうが、そんな事はかまわない。人魚なんて問題じゃない。そんなものはあったって無くったって同じ事だ。いまはただ憎い奴《やつ》を一刀両断に切り捨てるまでだ。こら、漁師、馬を貸せ。この二人の娘さんが乗るのだ。早く捜して来い!」と八つ当りに呶鳴《
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