めてあの老漁師の物語ったおきなとかいう大魚ならば、詮議《せんぎ》もひどく容易なのになあ、と真顔でくやしがって溜息《ためいき》をつき、あたら勇士も、しどろもどろ、既に正気を失い命のほどもここ一両日中とさえ見えた。
留守宅に於いては娘の八重、あけくれ神仏に祈って、父の無事を願っていたが、三日|経《た》ち四日経ち、茶碗《ちゃわん》はわれる、草履の鼻緒は切れる、少しの雪に庭の松の枝が折れる、縁起の悪い事ばかり続いて、とても家の中にじっとして居られなくなり、一夜こっそり武蔵の家をたずねて、父は鮭川の入海のほとりにいるという事を聞いて、その夜のうちに身支度をして召使いの鞠と二人、夜道の雪あかりをたよりに、父の後を追って発足した。或いは民家の軒下に休み、或いは海岸の岩穴に女の主従がひたと寄り添って浪の音を聞きつつ仮寝して、八重のゆたかな頬も痩《や》せ、つらい雪道をまたもはげまし合っていそいでも、女の足は、はかどらず、ようやく三日目の暮方、よろめいて鮭川の入海のほとりにたどり着いた時には、南無三宝《なむさんぼう》、父は荒蓆《あらむしろ》の上にあさましい冷いからだを横たえていた。その日の朝、この金内の
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