れると、うれしいよりは、いっそうわが身がつらく不仕合せに思われて来るものである。東西を失い男泣きに泣いて、いまはわが身の終りと観念し、涙をこぶしで拭《ふ》いて顔を挙げ、なおも泣きじゃくりながら、
「かたじけなく存じます。さきほどの百右衛門のかずかずの悪口、聞き捨てになりがたく、金内軽輩ながら、おのれ、まっぷたつと思いながらも、殿の御前なり、忍ぶべからざるを忍んで、ただ、くやし涙にむせていましたが、もはや覚悟のほどが極《きま》りました。ただいまこれより追い駈《か》けて、かの百右衛門を一刀のもとに切り捨てるのは最も易《やす》い事ですが、それでは家中の人たちは、金内は百右衛門のために嘘《うそ》を見破られて、くやしさの余り刃傷《にんじょう》に及んだと言い、それがしの人魚の話もいよいようろんの事になって、御貴殿にも御迷惑をおかけする結果に相成りますから、どうせもう、すたりものになったこの身、死におくれついでに今すこし命ながらえ、鮭川の入海を詮議《せんぎ》して、弓矢八幡お見捨てなく、かの人魚の死骸《しがい》を見つけた時は、金内の武運もいまだ尽きざる証拠、是《これ》を持参して一家中に見せ、しかるのち
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