めをさました、あくびをしたと騷ぎ立てると、吉兵衛もはねまわって喜び、山から木の実を取って来て、赤ん坊の手に握らせて、お蘭に叱られ、それでも吉兵衛には子供が珍らしくてたまらぬ様子で、傍《そば》を離れず寝顔を覗《のぞ》き込み、泣き出すと驚いてお蘭の許《もと》に飛んで行き裾《すそ》を引いて連れて来て、乳を呑《の》ませよ、と身振《みぶり》で教え、赤子の乳を呑むさまを、きちんと膝《ひざ》を折って坐って神妙に眺め、よい子守が出来たと夫婦は笑い、それにつけても、この菊之助も不憫なもの、もう一年さきに古里《ふるさと》の桑盛の家で生れたら、絹の蒲団《ふとん》に寝かせて、乳母を二人も三人もつけて、お祝いの産衣《うぶぎ》が四方から山ほど集り、蚤《のみ》一匹も寄せつけず玉の肌《はだ》のままで立派に育て上げる事も出来たのに、一年おくれたばかりに、雨風も防ぎかねる草の庵に寝かされて、木の実のおもちゃなど持たされ、猿が子守とは、と自分たちの無分別な恋より起ったという事も忘れて、ひたすら子供をいとおしく思い、よし、よし、いまはこのようにみじめだが、この子の物心地のつく迄《まで》は、何とか一財産つくって古里の親たちを見
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