の大事の如《ごと》く騒いで汗も拭《ふ》かず矢鱈《やたら》にもみ合って、稼業《かぎょう》も忘れ、家へ帰ると、人一倍大めしをくらって死んだようにぐたりと寝てしまう。かねて力自慢の才兵衛、どうして之《これ》を傍観し得べき。椴子のまわしを締め込んで、土俵に躍り上って、さあ来い、と両手をひろげて立ちはだかれば、皆々、才兵衛の幼少の頃からの馬鹿力《ばかぢから》を知っているので、にわかに興覚めて、そそくさと着物を着て帰り仕度をする者もあり、若旦那《わかだんな》、およしなさい、へへ、ご身分にかかわりますよ、とお世辞だか忠告だか非難だか、わけのわからぬ事を人の陰に顔をかくして小声で言う者もあり、その中に、上方からくだって来た鰐口《わにぐち》という本職の角力、上方では弱くて出世もできなかったが田舎へ来ればやはり永年たたき込んだ四十八手がものを言い在郷《ざいごう》の若い衆の糞力《くそぢから》を軽くあしらっている男、では一番、と平気で土俵にあがって、おのれと血相変えて飛び込んで来る才兵衛の足を払って、苦もなく捻《ね》じ伏せた。才兵衛は土俵のまんなかに死んだ蛙《かえる》のように見っともなく這《は》いつくばって夢
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