、実に不満で、顔から火の発する思いであるが、でも、この辺が私の現在の能力の限度かも知れぬ。短篇十二は、長篇一つよりも、はるかに骨が折れる。

一、目次をごらんになれば、だいたいわかるようにして置いたが、題材を西鶴の全著作からかなりひろく求めた。変化の多い方が更に面白《おもしろ》いだろうと思ったからである。物語の舞台も蝦夷《えぞ》、奥州《おうしゅう》、関東、関西、中国、四国、九州と諸地方にわたるよう工夫した。

一、けれども私は所詮《しょせん》、東北生れの作家である。西鶴ではなくて、東鶴|北亀《ほっき》のおもむきのあるのは、まぬかれない。しかもこの東鶴あるいは北亀は、西鶴にくらべて甚《はなは》だ青臭い。年齢というものは、どうにも仕様の無いものらしい。

一、この仕事も、書きはじめてからもう、ほとんど一箇年になる。その期間、日本に於《お》いては、実にいろいろな事があった。私の一身上に於いても、いついかなる事が起るか予測出来ない。この際、読者に日本の作家精神の伝統とでもいうべきものを、はっきり知っていただく事は、かなり重要な事のように思われて、私はこれを警戒警報の日にも書きつづけた。出来栄《
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