神棚を全部引下して、もったいなくも御神体を裏がえしたりひっくりかえしたり、血まなこで捜しても一枚の小判も見当らぬ。
「いよいよ無いにきまった。」と亭主は思い切って、「もうよい、捜すな。桝一ぱいの小判をまさか鼠《ねずみ》がそっくりひいて行ったわけでもあるまい。福の神に見はなされたのだ。よくよく福運の無い家と見える。」と言ったが口惜《くや》しさ、むらむらと胸にこみあげ、「いい笑い草だ。八右衛門の勘定はどうなるのだ。むだな喜びをしただけに、あとのつらさが、こたえるわい。」と腹をおさえて涙を流した。
女房もおろおろ涙声になって、
「まあ、どうしましょう。ひどい、いたずらをなさる人もあるものですねえ。お金を下さってよろこばせて、そうしてすぐにまた取り上げるとは、あんまりですわねえ。」
「何を言う。そなたは、あの、誰か盗んだとでも思っているのか。」
「ええ、疑うのは悪い事だけれども、まさか小判がひとりでふっと溶けて消えるわけは無し、宵《よい》からこの座敷には、あの十人のお客様のほかに出入りした人も無し、お帰りになるとすぐにあたしが表の戸に錠をおろして、――」
「いやいや、そのようなおそろしい事を
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