のような不思議はままある事ながら、それにしても、徳兵衛ほどの善人がいつまでも福の神に見舞われぬとは、浮世にはわからぬ事もあるものだと、町内の顔役たちは女房に寝物語してひそかにわが家の内福に安堵《あんど》するというような有様であった。そのうちに徳兵衛の貧乏いよいよ迫り、ことしの暮は夜逃げの他に才覚つかず、しのびしのび諸道具売払うを、町内の顔役たちが目ざとく見つけ、永年のよしみ、捨て置けず、それとなく徳兵衛に様子を聞けば、わずか七、八十両の借金に首がまわらず夜逃げの覚悟と泣きながら言う。顔役は笑い、
「なんだ、たかが七、八十両の借金で、先代からのこの老舗《しにせ》をつぶすなんて法は無い。ことしの暮は万事わしたちが引受けますから、もう一度、まあ、ねばってみなさい。来年こそは、この身代《しんだい》にも一花咲かせて見せて下さい。子供さんにも、お年玉を奮発して、下職への仕着《しきせ》も紋無しの浅黄《あさぎ》にするといまからでも間に合いますから、お金の事など心配せず、まあ、わしたちに委《まか》せて、大船に乗った気で一つ思い切り派手に年越しをするんだね。お内儀も、そんな、めそめそしてないで、せっかくの
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