ゆるすもゆるさぬも、それはあたしの事ですよ。あたしこそ、お前を突き殺して絹を奪おうと思って、あの煙を見たら悲しくなって、あたしの反物を谷底へ投げ込んだのじゃないの。」と言って、さらに妹を固く抱きしめてこれも泣き出す。
かつは驚き、かつは恥じ、永からぬ世に生れ殊に女の身としてかかる悪逆の暮し、後世《ごせ》のほども恐ろし、こんにちこれぎり浮世の望みを捨てん、と二人は腰の刀も熊の毛皮も谷底の火焔《かえん》に投じて、泣き泣き山寨に帰り、留守番の母に逐一事情を語り、母にもお覚悟のほどを迫れば、母も二十年の悪夢から醒《さ》め、はじめて母のいやしからぬ血筋を二人に打ち明け、わが身の現在のあさましさを歎き、まっさきに黒髪を切り、二人の娘もおくれじと剃髪《ていはつ》して三人|比丘尼《びくに》、汚濁の古巣を焼き払い、笹谷峠のふもとの寺に行き老僧に向って懺悔《ざんげ》しその衣《ころも》の裾《すそ》にすがってあけくれ念仏を称え、これまであやめた旅人の菩提《ぼだい》を弔《とむら》ったとは頗《すこぶ》る殊勝に似たれども、父子二代の積悪《せきあく》はたして如来《にょらい》の許し給《たも》うや否《いな》や。
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