とわかっているんだ。実の親子の情は、さすがに争われないものだ。焼酎でも吹いて置け、か。あとでその残りの焼酎を、親子二人で仲良く飲み合ったろう、どうだ。おれには一滴も酒を飲ませないばかりか、狐拳さえやめさせようとしやがるんだから面白くないよ。ゆうべは、つくづく考えた。ごめんこうむっておれはもう少し寝るよ。」
 襖越《ふすまご》しに神崎式部はこれを聞いていた。よっぽどこのまま捨て置いて発足しようかと思った。本当に、うっちゃって行ったほうがよかったのだ。そうすれば、のちのさまざまの不幸が起らずにすんだのかも知れない。けれども、式部は義理を重んずる武士であった。諸事よろしくたのむ、とぴたりと畳に両手をついて頼んだ丹後の声が、姿が、忘れられぬ。式部はその日も黙って、丹三郎の起床を待った。
 丹三郎の不仕鱈《ふしだら》には限りが無かった。草津、水口《みなくち》、土山《つちやま》を過ぎ、鈴鹿峠《すずかとうげ》にさしかかった時には、もう歩けぬとわめき出した。もとから乗馬は不得手で、さりとてその自分の不得手を人に看破されるのも口惜《くや》しく無理して馬に乗ってはみたが、どうにもお尻《しり》が痛くてたまら
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