にしき》と見え、人の足手は、しがらみとなって瀬々を立ち切るという壮観であった。それ、そこだ、いや、もっと右、いや、いや、もっと左、つっこめ、などと声をからして青砥は下知するものの、暗さは暗し、落した場所もどこであったか青砥自身にさえ心細い有様で、たとえ地を裂き、地軸を破り、竜宮までもと青砥ひとりは足ずりしてあせっていても、人足たちの指先には一文の銭も当らず、川風寒く皮膚を刺して、人足すべて凍《こご》え死なんばかりに苦しみ、ようようあちこちから不平の呟《つぶや》き声が起って来た。何の因果で、このような難儀に遭うか、と水底をさぐりながら、めそめそ泣き出す人足まで出て来たのである。
この時、人足の中に浅田小五郎という三十四、五歳のばくち打がいた。人間、三十四、五の頃《ころ》は最も自惚《うぬぼ》れの強いものだそうであるが、それでなくともこの浅田は、氏育ち少しくまされるを鼻にかけ、いまは落ちぶれて人足仲間にはいっていても、傲岸不遜《ごうがんふそん》にして長上をあなどり、仕事をなまけ、いささかの奇智《きち》を弄《ろう》して悪銭を得ては、若年の者どもに酒をふるまい、兄貴は気前がよいと言われて、そう
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