東《あずま》の田舎|大尽《だいじん》の如《ごと》くすべて鷹揚《おうよう》に最上等の宿舎に泊り、毎日のんきに京の見物、日頃《ひごろ》けちくさくため込んだのも今日この日の為《ため》らしく、惜しげも無く金銀をまき散らし、やがてもの言わぬ花にも厭《あ》きて、島原《しまばら》に繰り込み、京で評判の名妓《めいぎ》をきら星の如く大勢ならべて眺《なが》め、好色の手下の一人は、うむと呻《うめ》いて口に泡《あわ》を噴きどうとうしろに倒れてそれお水それお薬、お袴をおぬぎなさったら、などと大騒ぎになったのも無理からぬほど、まばゆく見事な景趣ではあったが、大尽は物憂《ものう》そうな顔して溜息をつき、都にも美人は少く候、と呟く。広い都も、人の噂《うわさ》のために狭く、この山賊の奢《おご》りは逸早《いちはや》く京中に拡《ひろ》まり、髭そうろうの大尽と言われて、路《みち》で逢《あ》う人ことごとくがこの男に会釈《えしゃく》するようになったが、この男一向に浮かぬ顔して、やがて島原の遊びにもどうやら厭きた様子で、毎日ぶらりぶらりと手下を引連れて都大路を歩きまわり、或る日、古い大きな家の崩れかかった土塀《どべい》のわれ目から、ちらと見えた女の姿に足をとどめ、手にしていた扇子《せんす》をはたと落して、小山の動くみたいに肩で烈《はげ》しく溜息をつき、シばらスい、と思わず東北|訛《なまり》をまる出しにして呻き、なおもその、花盛りの梨《なし》の木の下でその弟とも見える上品な男の子と手鞠《てまり》をついて遊んでいる若い娘の姿に、阿呆《あほう》の如く口をあいて見とれていた。翌《あく》る日、髭そうろうの大尽は、かの五人の手下に言いふくめて、金銀|綾錦《あやにしき》のたぐいの重宝をおびただしく持参させ、かの土塀の家に遣《つかわ》し、お姫様を是非とも貰《もら》い受けたしと頗《すこぶ》る唐突ながら強硬の談判を開始させた。その家の老主人は、いささか由緒《ゆいしょ》のある公卿《くげ》の血筋を受けて、むかしはなかなか羽振りのよかった人であるが、名誉心が強すぎて、なおその上の出世を望み、附合いを派手にして日夜顕官に饗応《きょうおう》し、かえって馬鹿にされておまけに財産をことごとく失い、何もかも駄目《だめ》になり、いまは崩れる土塀を支える力も無く中風の気味さえ現われて来て、わななく手でさてもこの世は夢まぼろしなどとへたくその和歌を鼻紙の表裏に書きしたためて、その日その日の憂《う》さを晴らしている有様だったので、この突然の申込みにはじめは少からず面くらったものの、さて、眼前に山と積まれた金銀財宝を眺めて、これだけあれば、ふたたび大官に饗応し、華やかに世に浮び上る事が出来るぞと、れいの虚栄心がむらむらと起り、髭そうろうの大尽といえば、いま此《こ》の京でも評判の男、なんでも遠いあずまの大金持ちの若旦那《わかだんな》だとかいう話だ、田舎者だって何だって金持ちなら結構、この縁談は悪くない、と貧すれば貪《どん》すの例にもれず少からず心が動いて、その日はお使者に大いに愛嬌《あいきょう》を振りまき、確答は後日という事にして、とにかくきょうのお土産の御礼にそちらの御主人の宿舎へ明日参上致します、という返辞。手下たちは、しめた、あの工合《ぐあ》いではもう大丈夫、と帰る途々《みちみち》首肯《うなず》き合い、主人にその様子を言上すれば、山賊の統領はにやりと凄《すご》く笑い、案外もろく候、と言った。その翌る日、土塀の老主人は、烏帽子《えぼし》などかぶってひどくもったいぶった服装で山賊の京の宿舎を訪ね、それこそほんものの候言葉で、昨日のお礼を申し、統領の鷹揚な挙措や立派な口髭に一目で惚《ほ》れ込み、お礼だけ言う筈《はず》のところを、つい、ふつつかな娘ながら、とこちらのほうから言い出して、山賊の統領もさすがに都の人の軽薄に苦笑して、それでもその日の饗応は山の如く、お土産も前日にまさる多額のもので、土塀のあるじはただもう雲中を歩む思いで烏帽子を置き忘れて帰宅し、娘を呼んで、女|三界《さんがい》に家なし、ここはお前の家ではない、お前の弟がこの家を継ぐのだからお前はこの家には不要である、女三界に家なしとはここのところだ、とひどい乱暴な説教をして娘を泣かせ、何を泣くか、お父さんはお前のために立派な婿《むこ》を見つけて来てあげたのに、めそめそ泣くとは大不孝、と中風の気味で震える腕を振りあげて娘を打つ真似《まね》をして、都の人は色は白いが貧乏でいけない、あずまの人は毛深くて間の抜けた顔をしているが女にはあまいようだ、行きなさい、すぐに山奥へでもどこへでも行きなさい、死んだお母さんもよろこぶだろう、お父さんの事は心配するな、わしはこれからまた一旗挙げるのだ、承知か、おお、承知してくれるか、女三界に家なし、どこにいたって駄目なものだよ、など
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