も、だめなのである。十六の娘にも、また召使いにも、看破されている。
「お金を、たくさん持って出たじゃないの。」お金の事まで看破されている。
 鞠は、うなずいて、
「容易ならぬ事と存じます。」と、分別顔をして呟いた。
「胸騒ぎがする。」と言って、八重は両袖《りょうそで》で胸を覆《おお》った。
「どのような事が起るかわかりませぬ。見苦しい事の無いように、これからすぐに家の内外《うちと》を綺麗《きれい》に掃除いたしましょう。」と鞠は素早く襷《たすき》をかけた。
 その時、重役の野田武蔵がお供も連れず、平服で忍ぶようにやって来て、
「金内殿は、出かけられましたか。」と八重に小声で尋ねた。
「はい。お金をたくさん持って出かけました。」
 武蔵は苦笑して、
「永い旅になるかも知れぬ。留守中、お困りの事があったら、少しも遠慮なくこの武蔵のところへ相談にいらっしゃい。これは、当座のお小遣い。」と言って、かなりの金子を置いて立ち去る。
 これはいよいよ父の身の上に何か起ったと合点《がてん》して、八重も武士の娘、その夜から懐剣を固く抱いて帯もとかずに丸くなって寝る。
 一方、人魚をさがしに旅立った中堂金内《ちゅうどうこんない》、鮭川の入海のほとりにたどり着き、村の漁師をことごとく集めて、所持の金子を残らず与え、役目を以《もっ》てそちたちに申しつけるのではない、中堂金内一身上の大事、内々の折入っての頼みだ、と物堅く公私の別をあきらかにして、それから少し口ごもり、頬《ほお》を赤らめ、ほろ苦く笑って、そちたちは或いは信じないかも知れないが、と気弱く前置きして、過ぎし日の人魚の一件を物語り、金内がいのちに代えての頼みだ、あの人魚の死骸を是非ともこの入海の底から捜し出し、或る男に見せてやらなければこの金内の武士の一分《いちぶん》が立たぬのだ、この寒空に気の毒だが、そちたちの全力を挙げてあの怪魚の死骸を見つけ出しておくれ、と折から雪の霏々《ひひ》と舞い狂う荒磯で声をからして懇願すれば、漁師の古老たちは深く信じて同情し、若い衆たちは、人魚だなんて本当かなあと疑いながら、それでも少し好奇心にそそられ、とにかく大網を打って、入海の底をさぐって見たけれども、網にはいって来るものは、にしん、たら、かに、いわし、かれいなど、見なれた姿のさかなばかりで、かの怪魚らしいものは更に見当らず、翌《あく》る日も、またそ
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