、この下の渓流には鮎《あゆ》がうようよいて、私は出家の身ながら、なまぐさを時たま食べないと骨ばなれして五体がだるくてたまらなくなりますので、とって食おうと思い、さまざま工夫してみましたが、鮎もやはり生類《しょうるい》、なかなかすばしこく、不器用な私にはとても捕獲出来ず、そのような私のむだな努力の姿を里人に見つけられ、里人は私のなまぐさ坊主たる事を看破致し、それにつけ込んで、にやにや笑いながら鮎の串焼《くしやき》など持って来て、おどろくほど高いお金を請求いたします。私は、もうここの里人から、すっかり馬鹿にされて、どしどしお金を捲《ま》き上げられ、犬の毛皮を熊の毛皮だと言って買わされたり、また先日は、すりばちをさかさにして持って来て、これは富士山の置き物で、御出家の床の間にふさわしい、安くします、と言い、あまりに人をなめた仕打ち故《ゆえ》、私はくやし涙にむせかえりました。それにつけても、お金が欲しく、そろそろ富籤《とみくじ》の当り番がわかった頃《ころ》だと思いますが、私のは、たしか、イの六百八十九番だった筈《はず》です。当っているでしょうか。あの富籤を、京の家の私の寝間、床柱の根もとの節穴に隠して置きましたが、お願いですから、親爺に用ありげな顔をして私の家へ行き、寝間に忍び込んで床柱の根もとの節穴に指を突き込み、富籤を捜し出して、当っているかどうか、調べてみて下さい。当っているといいんですけれどもね。たぶん当っていないかと思いますが、でも、とにかく、念のために調べて見て下さいまし。お願いついでに、橋向うの質屋へ行って、私がたしか一両であずけて置いた二寸ばかりの小さな観音像を受け出して下さいませんか。他の品は、みな流してもいいのです。あの観音像だけは、是非とも受け出して下さい。あれは、ばばさまからおまもりとして幼少の頃もらったもので、珊瑚《さんご》に彫ったものですから、一両では安すぎるのです。受け出して、道具屋の佐兵衛に二十両で売って下さい。佐兵衛は、あれを二十両でいつでも引取ると言っていたのです。ついでに私の寝間の、西北の隅《すみ》の畳の下に色紙一枚かくしてありますから、あれも佐兵衛のところへ持って行ってみて下さい。あの色紙は、茶屋の枕屏風《まくらびょうぶ》に張ってあったものですが、私はもてない腹いせに、ひっぱがして家へ持って帰ったのです。雪舟《せっしゅう》ではないかと
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