《りざ》じゃないか。」と言ったので、他《ほか》の二人は、ぎょっとした。
月夜の利左という浮名を流し、それこそ男振りはよし、金はあり、この三粋人と共に遊んで四天王と呼ばれ、数年前に吉州という評判の名妓《めいぎ》を請出《うけだ》し、ふっと姿をかくした利左衛門《りざえもん》、それが、まさか、と思えども見れば見るほど、よく似ている。
「利左だ、間違いない。」とひとりは強く断定を下し、「あの右肩をちょっと上げて歩く癖は、むかしから利左の癖で、あれがまた小粋《こいき》だと言って、わしにも右肩を上げて歩けとうるさくすすめる女があって閉口した事がある。利左に違いない。それ、呼びとめろ。」
三人は走って、ぼうふら売りをつかまえてみると、むざんや、まさしく利左がなれの果。
「利左、お前はひどい。吉州には、わしも少し惚《ほ》れていたが、何もお前、そんな、わしはお前を恨みに思ったりなんかしてやしないよ。黙って姿を消すなんて、水くさいじゃないか。」
と吉郎兵衛が言えば、甚太夫も、
「そうよ、そうよ。どんなつらい事情があったって、一言くらいわしたちに挨拶《あいさつ》して行くのが本当だぞ。困った事が起った時には、お互い様さ。茶屋酒のんで騒ぐばかりが友達じゃない。見れば、ひでえ身なりで、まあ、これがあの月夜の利左かい。わしたちにたった一言でも知らせてくれたら、こんな事になりはしなかったのに、ぼうふら売りとは洒落《しゃれ》が過ぎらあ。」と悪口を言いながら涙を流し、六右衛門は分別顔して、利左衛門の痩《や》せた肩を叩《たた》き、
「利左、でも、逢《あ》えてよかった。どこへ行ったかと心配していたのだ。お前がいなくなったら、淋《さび》しくてなあ。上方の遊びもつまらなくなって、こうして江戸へ出て来たが、お前と一緒でないと、どこの遊びも面白《おもしろ》くない。ここで逢《お》うたが百年目さ。どうだい、これから、わしたちと一緒に上方へ帰って、また昔のように四人で派手に遊ぼうじゃないか。お金の事や何かは心配するな。口はばったいが、わしたち三人が附《つ》いている。お前の一生は引受けた。」
と頼もしげな事を言ったが、利左は、顔を青くしてふんと笑い、そっぽを向きながら、
「何を言っていやがる。人の世話など出来る面《つら》かよ。わざわざこの利左をなぶりに上方からやって来たのか。御苦労な事だ。こっちは、これが好きでやってい
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