ィリヤが、――」
 王妃。「オフィリヤが? そうですか。一度、私も疑ってみた事がありました。」
 王。「まあ、立たずに、ガーツルード、お坐りなさい。坐って落ちついて、ゆっくり考えてみて下さい。ホレーショー、お聞きのとおり、面目次第も無い事です。」
 ホレ。「そうでしたか。やっぱり張本人がいたのですね。オフィリヤといえば、ポローニヤスどのの娘さんですね。あんな美しい顔をしていながら、この平和なハムレット王家に対して、根も葉も無い不埒《ふらち》の中傷を捏造《ねつぞう》し、デンマーク一国はおろか、ウイッタンバーグの大学まで噂《うわさ》を撒《ま》きちらすとは、油断のならぬものですね。で、原因は何でしょう。やはり、かなわぬ恋の恨みとか、または、――」
 王妃。「ホレーショー、あなたは、やはり、おさがり下さい。何もわかってやしません。夢のような事ばかり言っています。オフィリヤは、妊娠したというのです。」
 王。「王妃! つつしみなさい。わしは、まだ、そこまでは言っていません。男として、言いにくい事でした。はっきり言うのは残酷です。」
 王妃。「女は、女のからだには敏感です。オフィリヤの此《こ》の頃《ごろ》の不快の様子を見れば誰だって、一度は疑ってみます。ばからしい。ホレーショー、眼《め》が醒《さ》めましたか?」
 ホレ。「夢のようです。」
 王。「無理もない。わしだって、夢のようです。でも、これは、このまま溜息《ためいき》ついて見ているわけに行きません。それで、ホレーショー、君に一つお願いがあります。君は、ハムレットの親友の筈《はず》ですね。これまで何でも、互いに打ち明けて語り合っていた仲でしたね。」
 ホレ。「はい、きのうまでは、そのつもりで居《お》りましたが、いまは、もう自信がなくなりました。」
 王。「そんなに、しょげて見せる必要はありません。落ちついて考えてみると、そんなに意外な大きい事件でもありません。この二箇月間、故王のお葬《とむら》いやら、わしが位を継いだお祝いやら、また婚儀やらで、城中は、ごったがえしの大騒ぎでした。その混乱の中にハムレットひとりは、故王になくなられた悲しみに堪え得ず、優しい慰めの言葉を或《あ》る人に求めたのです。オフィリヤです。悲しみと恋が倒錯したのだと思います。ハムレットだって、いまは、オフィリヤにどんな気持を抱いているか、それはわかりません。おそらく、今は、少し冷くなりかけているのではないかと思う。それだったら簡単です。オフィリヤが、しばらく田舎へ引き籠《こも》ったら、それで万事が解決します。城中には、すでに噂もひろまっているようで、ポローニヤスもその事を、いたく恐縮していましたが、どんなひどい噂だって、六箇月|経《た》ったら忘れられます。オフィリヤの事は、ポローニヤスが巧みに処理してくれるでしょうし、わしとしても出来るだけの事は、してあげるつもりでいます。それは、わしたちに任せて置いていいのです。オフィリヤの生涯《しょうがい》が、台無しになるような、まずい事は決してしません。そこは安心するように。とにかく君から、ハムレットに、よく話してみてくれませんか。ハムレットの、心の底の、いつわりの無いところも、よく聞き訊《ただ》してみて下さい。決して悪いようには、しないつもりです。」
 王妃。「ホレーショー、いやな役ですねえ。私だったら、断ります。ハムレットが、し出かした事ですもの、ハムレットに責任を負ってもらって、一切あの子ひとりにやらせてみたらいいのに。王は、ハムレットに御理解がありすぎるようですね。王のお若い頃お遊びなされた時のお気持と、いまの男の子の気持とは、また違うところもございますからねえ。」
 王。「なに、男の気持というものは、昔も今も変りはありません。ハムレットは、いまに此のわしに、心から頭をさげるようになるでしょう。ホレーショー、どう思います。」
 ホレ。「僕は、僕は、ハムレットさまに聞いてみたい事があります。」
 王。「おお、それがよい。よく、しんそこの、いつわらぬところを聞き訊し、わしたちの意向も、おだやかに伝えてやって下さい。君を見込んで、お願いします。ハムレットは、イギリスから姫を迎える事になっているのですから。」
 王妃。「私は、オフィリヤに聞いてみたい事があります。」

   五 廊下

 ポローニヤス。ハムレット。

 ポロ。「ハムレットさま!」
 ハム。「ああ、びっくりした。なんだ、ポローニヤスじゃないか。そんな薄暗いところに立って、何をなさっているのです。」
 ポロ。「あなたを、お待ち申していました。ハムレットさま!」
 ハム。「なんです。気味の悪い。放して下さい。僕は、いま、ホレーショーを捜しているのです。ホレーショーが、どこにいるか、知りませんか?」
 ポロ。「他所話《
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