。わかい頃には、お友達や何かの評判が一ばん大事なものらしい。馬鹿な子です。根《ね》からの臆病者のくせに、無鉄砲な事ばかりやらかしてお友達や、オフィリヤには、ほめられるでしょうが、さて後の始末が自分では何も出来ないものですから、泣きべそをかいて、ひとりで、すねているのです。そうして内心は私たちを、あてにしているのです。私たちが後の始末をしてくれるのを、すねながら待っているのです。気障《きざ》な、思いあがった哲学めいた事ばかり言って、ホレーショーたちを無責任に感服させて、そうして蔭《かげ》では、哲学者どころか、私たちに甘えてお菓子をねだっているような具合なんですから、話になりません。甘えっ子ですよ。朝から晩まで、周囲の者に、ほめられて可愛がられていたいのです。その場かぎりの喝采《かっさい》が欲しくて、いつも軽薄な工夫をしています。あんな出鱈目《でたらめ》な生きかたをして、本当に、将来どうなることでしょう。あなたの兄さんのレヤチーズなどは、ハムレットと同じ歳なのに、もう、ちゃんと世の中のからくりを知っていらっしゃる。」
 オフ。「いいえ、それが兄の、かえって悪いところでございます。王妃さまは、たったいま、よほど立派そうに見える男のかたでも、本心は一様にびくびくもので、他人の思惑ばかりを気にして生きているものだ等とおっしゃっていながら、すぐそのお口の裏から、レヤチーズをおほめになるなんて、可笑《おか》しゅうございます。兄だって、やっぱり本心は、そんなところでございましょう。それは兄が、ハムレットさまに較《くら》べては、少し武骨《ぶこつ》で、しっかり者のところもありますけれど、でも、あんまり、はっきり割り切れた気持で涼しく生きている者は、かえって私たちを淋しくさせます。あたしは兄を、決してきらいではないのですけど、でも、兄に何でも打ち明けて語ろうという親しい気持は起りません。父に対しても同じ事でございます。あたしは、わるい娘、いけない妹なのかも知れません。仕方が無いのでございます。肉親に、したしみを感じないで、かえって、――」
 王妃。「ハムレットだけに、親しみを感じているというわけですね。つまらない。およしなさいよ。恋に夢中になっている時には、誰だって自分の父や兄を、きらいになります。当り前の事じゃありませんか。本当に、あなた達の言うことを、真面目《まじめ》に聞いていると馬鹿を見ます。何を言う事やら。」
 オフ。「いいえ、王妃さま。あたしは、夢中ではございませぬ。あたしは、こんな事になってしまう前から、ずっと以前から、おしたい申して居りました。いいえ、ハムレットさまでなく、王妃さまを、こっそり、懸命に、おしたい申して居りました。そのうちに、つい、ハムレットさまと、こんなになって喜びやら、くるしみやら、意外の思いやら、いろんな事がございましたが、あたしには、失礼ながら王妃さまを母上とお呼びして甘える事が出来るようになるのではないかしらという淡い期待が何にも増して、うれしかったのでございます。お信じ下さいませ。あたしは小さい時から王妃さまを、どんなに敬い、そうしてどんなに好きで好きでたまらなかったか、王妃さまには、おわかりになりますまい。あたしは今まで、身振りでも、ものの言い様でも、何でもかでも王妃さまの真似《まね》ばかりしてまいりました。ごめんなさい。王妃さまのお身分のせいでは無しに、ただ、女性として魅力あるおかた、いいおかた、すばらしいおかた、ああなんと申し上げたらいいのでしょう、王妃さま、あたしをお笑い下さいませ。あたしは、馬鹿な娘です。ハムレットさまが、もし、王妃さまのお子でなかったら、あたしだって、こんな間違いは起こさなかったろうと思います。あたしは、みだらな女ではございませぬ。王妃さまの大事な大事なお子さまですから、あたしも、大事におあずかりしようと思ったのです。」
 王妃。「可愛い冗談ばかりおっしゃる。あなた達は、ふいと思いついた言葉を、そのまま、まことしやかに言い出すので、いつも私たちは閉口します。あなたが私を、少しでも好きだとしたら、それは、やっぱり私の身分のせいです。身分がきらきらしているので、それに眼がくらんで、のぼせ気味になって何でもかでも矢鱈に素晴らしく見えるようになったのでしょう。私は、つまらないお婆《ばあ》さんです。あなたが、ハムレットを拒み得なかったのも、ハムレットの身分のせいです。王妃の大事な子供だから、あなたも大事にしようと思いました等という突飛な意見は、私ひとりは笑って聞き流して、許してもあげますが、他《ほか》のひとにそんな事を言ったら、あなたは白痴か気違い扱いにされてしまいます。あなたが私を母と呼んで甘えたい、それが一ばんの喜びだと無邪気そうにおっしゃっていましたが、わかり切った事です。それは、あな
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