です。」と周さんは微笑《ほほえ》んで、両手をうしろに組み、「月夜は、どうだろう。今夜は、十三夜の筈だが、あなたは、これからすぐお帰りですか。」
「きめていないんです。学校はあしたも休みですね。」
「そうです。僕は、月夜の松島も見たくなりました。つき合いませんか。」
「けっこうです。」
僕は、まったく、どうでもよかったのである。学校が休みでなくっても、それまでちょいちょい勝手に欠席していたのだし、二日つづきの休暇を利用するというのも下宿の家族の者たちへの手前、あまり怠惰な学生と見られても工合が悪いので、几帳面《きちょうめん》にそんな日を選んだというだけの話で、実際は、二日つづきの休暇も三日つづきの休暇も、問題でなかったのである。
私があまりに唯々諾々《いいだくだく》と従ったら、周さんは敏感に察したらしく、声を挙げて笑い、
「しかし、あさってからは学校へ出て、僕と一緒に講義のノオトをとりましょう。僕のノオトは、たいへん下手ですが、ノオトは僕たち学生の、」と言って、少しとぎれて、「Preiszettel のようなものです。」とまた私の苦手の独逸語を使い、「何円何十銭という札《ふだ》です。
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