生徒たちを、あんなに恐れ、また下宿屋の家族たちにさえ打ち解けず、人間ぎらいという程ではなくても、人みしりをするという点では決して人後に落ちない私が、京、大阪どころか、海のかなたの遠い異国からやって来た留学生と、何のこだわりも無く親しく交際をはじめる事が出来たのは、それは勿論、あの周さんの大きい人格の然《しか》らしめたところであろうが、他にもう一つ、周さんと話をしている時だけは、私は自分の田舎者の憂鬱から完全に解放されるというまことに卑近な原因もあったようである。事実、私は周さんと話している時には、自分の言葉の田舎訛りが少しも苦にならず、自分でも不思議なくらい気軽に洒落《しゃれ》や冗談を飛ばす事が出来た。私がひそかに図に乗り、まわらぬ舌に鞭《むち》打って、江戸っ子のべらんめえ口調を使ってみても、その相手が日本人ならば、あいつ田舎者のくせに奇怪な巻舌を使っていやがるとかつは呆《あき》れ、かつは大笑いするところでもあったろうが、この異国の友は流石《さすが》にそこまでは気附かぬ様子で、かつて一度も私の言葉を嘲笑《ちょうしょう》した事が無かったばかりか、私のほうから周さんに、「僕の言葉、何だか、
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