と革命と、言いかえれば、科学と芸術と政治と、彼はこの三者の混沌《こんとん》の渦《うず》に巻き込まれたのではあるまいか。私は彼の後年の尨大《ぼうだい》な著作物に就いては、ほとんど知るところが無い。それゆえ、所謂大魯迅の文芸の功績は、どんなものであったか何も知らない。しかし、ただ一つ確実に知っているのは、彼が、支那に於ける最初の文明の患者《クランケ》だったという事である。私の知っている仙台時代の周さんは、近代文明を病んで苦しみ、その病床《クランケンベット》を求めて、教会の扉さえ叩《たた》いたのだ。しかし、そこにも救済は無かった。れいの身振りに辟易《へきえき》したのだ。懊悩《おうのう》の果には、あの気品の高い正直な青年が、奴隷の微笑をさえ頬に浮べるようになったのだ。混沌の特産物である自己嫌悪。彼はこの文明的感情に於いて、たしかに支那のいたましい先駆者のひとりであったと言えるのではあるまいか。そうしてこの苦しい内省の地獄が、いよいよ、人の百感の絵図ともいうべき文芸に接近させたのではあるまいか。もとより「好きな道」である。困憊《こんぱい》の彼はこの病床に這《は》い上り、少しく安堵《あんど》を覚え
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