いうのであろう、たいてい眼鏡をかけて、いかにも神経質らしく眉をひそめて野暮《やぼ》ったい風俗の私たちを睨《にら》み、文士劇などもしばしば仙台の劇場で開演せられ、俗物の私も、ついにその激流に抗しかねて、藤村の新体詩などをこっそり覗《のぞ》いてみるというような有様で、東北の仙台でさえそのような盛観であったのだから、花の都の東京に於いてはどのようであったか。私どもの想像を絶するほどのものがあったのではなかろうか。周さんが、夏休みに東京へ行き、まず感じたものは、その澎湃《ほうはい》たる文芸の津波ではなかったろうか。書店の文芸書の洪水ではなかったろうか。そうしてその洪水の中を異常に真剣な顔つきで、泳ぎまわっている青年男女の大群ではなかったろうか。この人たちは、いったい何を求めているのかしら、と彼も一緒になってその書店をうろうろして見たに違いないのである。そうして、事実、彼はいろんな文芸書を買い込んで仙台へ持って来た。あの人たちが競争相手だ、と言っていた。彼の文芸熱が、こうして徐々に燃え上って来ると同時に、また常に彼の胸中に去来して寸時も離れないものは、自国の青年たちの革命の絶叫である。医学と文芸
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