民衆を救う事に対する懐疑でした。きょうはひとつまた、僕の長広舌を聞いてもらいます。松島の気焔は楽しかったが、今夜の告白は、暗澹《あんたん》たるものです。」と言って、にっと笑い、「僕はいま笑いましたね。なぜ笑ったのでしょう。エジプトの奴隷もきっとこんな工合の、自分にもわからない笑いを時々もらしたに違いない。奴隷だって笑います。いや、奴隷だから笑うのかも知れません。僕はこの仙台のまちを散歩している捕虜《ほりょ》の表情に注意していますが、あの人たちは、あまり笑いません。何か希望を持っている証拠です。早く帰国したいと焦慮しているだけでも、まだ奴隷よりはましです。僕も、たまにはあの人たちに、パピロスをやりましたが、あの人たちは当然だというような顔をして受取ります。あの人たちは、まだ奴隷にはなっていません。」その頃、仙台に露西亜《ロシア》の捕虜が、多い時には二千人も来て、荒町や新寺小路附近の寺院、それから宮城野原の仮小屋などにそれぞれ収容されていて、そのとしの秋あたりから自由に市内の散歩もゆるされ、露西亜語で正確にはどう発音されるのか知らないが、しきりにパピロスをほしがり、それは煙草の事を意味して
前へ
次へ
全198ページ中155ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング