鼻下に薄髭《うすひげ》を生《は》やし、私より少し年上のように見えたが、でも、緑線を附けた医専の角帽はまだ新しく、帽子の徽章《きしょう》もまぶしいくらいにきらきら光って、たしかに今秋の新入生に違いなかった。何だか一、二度、教室でその顔を見かけたような気もした。けれども、そのとしの新入生は日本全国から集って百五十人、いや、もっと多かったようで、東京組とか、大阪組とか、出生の国を同じくする新入生たちはそれぞれ群を作って、学校にいても、また仙台のまちへ出ても、一緒に楽しそうに騒ぎまわっていたものの、田舎の私の中学から医専に来たのは私ひとりで、それに私は、生来口が重い上に、ご存じの如くひどい田舎訛《いなかなま》りなので、その新入生たちにまじって、冗談を言い合う勇気もなく、かえってひがんで、孤立を気取り、下宿も学校から遠く離れた県庁の裏に定めて、同級生の誰とも親しく口をきかなかったのは勿論《もちろん》、その素人《しろうと》下宿の家族の人たちとも、滅多《めった》に打ち解けた話をする事は無かった。それは仙台の人たちだって、かなり東北訛りは強かったが、私の田舎の言葉ときたら、それどころでは無く、また、私
前へ
次へ
全198ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング