す。科学知識を最高度に応用した武器を、たくさん持っていたに違いない。旅順の要塞も、西洋科学の Essenz でもって築かれたものでしょう。それを日本軍は、ほとんど素手で攻め落しているじゃありませんか。外国人には、この不思議な事実が理解できかねるかも知れない。支那人にだって、わかるまい。とにかく僕は、もっともっと日本を研究してみたい。興味|津々《しんしん》たるものがあります。」と爽《さわ》やかに微笑して言った。
その頃は、周さんも何の遠慮も無く私の県庁裏の下宿に、ちょいちょい遊びにやって来て、そうして私がれいの無口で、まだ下宿の家族の者たちと打解けずにいるうちに、周さんがさきにもう家族の者たちと親しくなり、その下宿は、まあ素人《しろうと》下宿、とでも言うのか、中年の大工と女房と十歳くらいの娘と三人暮しの家で、下宿人は私ひとり、大工は酒飲みで時々夫婦|喧嘩《げんか》なんかはじめているが、でも、周さんの荒町の下宿のようにたくさんの下宿人を置いている商売屋に較べると、家庭的な潤いみたいなものも少しあって、当時、日本研究に大いに熱をあげていた周さんには、この貧しい家庭もまた、なかなか好奇心の対
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