富士の根ににほふ朝日も霞《かす》むまで
     としたつ空ののどかなるかな
 まさに日本は、この時、確実に露西亜《ロシア》を打破ったのだといってよい。このお正月の末あたりから、帝政露西亜に内乱が勃発《ぼっぱつ》し、敗色いよいよ濃厚になり、日本軍は破竹の勢い、つづく三月十日、五月二十七日、日本国民として忘るべからざる陸海軍の決定的大勝利となり、国威四方に輝煥《きかん》し、国民の意気また沖天《ちゅうてん》の概があったが、この日本の大勝利は、異国人の周さんにまで、私たちの想像の及ばぬほど強い衝撃を与えていたのである。周さんが日本に来て、横浜新橋間の窓外の風景が、世界のどこにも無い独自の清潔な秩序をもっている事を直感し、そうして、東京の女のひとたちが赤い襷《たすき》をかけ白く新しい手拭《てぬぐい》をあねさまかぶりにして、朝日の射している障子《しょうじ》にはたきをかけている可憐《かれん》な甲斐々々《かいがい》しい姿こそ日本の象徴ではあるまいかと考え、日本はこの戦争に必ず勝つ、このように国内に活気|横溢《おういつ》して負けるはずはない、とあの松島の旅館においても予言していたのだが、その勝利が、
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