ぼんしょう》、鉦太鼓《かねたいこ》、何でもかでも破裂せんばかりに乱打し、同時に市民は戸外に躍り出で、金盥《かなだらい》、ブリキ鑵《かん》、太鼓など思い思いに打鳴らして、さて一斉に万歳を叫び、全市鳴動の大壮観を呈し、さらにその夜は各学校|聯合《れんごう》の提燈《ちょうちん》行列があり、私たちは提燈一箇と蝋燭《ろうそく》三本を支給され、万歳、万歳と連呼しながら仙台市中を練り歩いた。異国の周さんも、れいの津田氏に引張り出されたらしく、にこにこしながら津田氏と並んで提燈をさげて歩いている。私と津田氏とは、不和というわけではないけれども、どうも、あれ以来しっくり行かなくて、教室で顔を合せても、お互い軽く会釈《えしゃく》するくらいで、打解けた話をした事はいちども無かった。それが、その夜に限ってごく自然に私のほうから津田氏に、
「津田さん、おめでとう。」と言葉をかけた。
「やあ、おめでとう。」と津田氏も上機嫌《じょうきげん》である。
「いろいろ、失礼しています。」と私は、すかさず平素の御無音をついでに謝した。
「いや、僕こそ。」と外交官の甥《おい》はさすがに円転|滑脱《かつだつ》である。「あの晩は酔
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