らくえん》や、神田の会芳楼などで、先輩から、所謂支那料理を饗応《きょうおう》された事がありますが、僕は生れてはじめて、あんなおいしいごちそうを食べました。僕は日本へ来て、料理がまずいなどと思った事は一度もありません。」
「でも、とろろ汁は?」
「いや、あれは特別です。しかし津田式調理法を習得してから、どうにか、食べられるようになりました。おいしいです。」
 お酒が出た。
「日本の芝居はどうです。面白いですか。」
「僕には、日本の風景よりも、芝居のほうが、ずっとわかりいい。実は、先日の松島の美も、僕にはあまりわからなかったのです。僕はどうも風景に対しては、あなたと同様に、」と言いかけて口ごもった。
「イムポテンツですか?」と私は無遠慮に言い放った。
「ええ、まあ、そうです。」と面《おも》はゆいみたいに眼をぱちぱちさせ、「絵は子供の時から大好きでしたが、風景は、それほど好きではありません。もう一つ苦手は、音楽。」
 私は噴き出した。松島に於ける、れいの、雲よ雲よの唱歌をとたんに思い出したからである。
「でも、日本の浄瑠璃《じょうるり》などは?」
「ええ、あれは、きらいでありません。あれは音
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