うして、ちっとも教育の無い少女でも、これだけの仕事が出来るのだ。芸術家にとって、めぐまれた環境というのは、かえって不幸な事ではあるまいか、と思った。僕も早く、現在の環境から脱《ぬ》け出して、劇団のまずしい一研究生として何もかも忘れて演劇ひとつに打ち込んでみたいと思った。朝の四時過ぎに、やっと、うとうと眠って、けさの七時に目ざまし時計におどろかされて、起きたら、くらくら目まいがした。それでも、辛《つら》い義務で、学校まで重い足を運ぶ。
あまり校舎が静かなので、はてな? と思って事務所へ行ったら、ここにも人の気配が無い。ハッと気附《きづ》いた。きょうは靖国《やすくに》神社の大祭で学校は休みなのだ。孤立派の失敗である。きょうが休みだと知っていたら、ゆうべだって、もっと楽しかったであろうに。馬鹿馬鹿しい。
でも、きょうはいい天気だった。帰りには、高田馬場《たかだのばば》の吉田書店に寄って、ゆっくり古本を漁《あさ》った。時々、目まいが起る。テアトロ数冊、コクランの「俳優芸術論」タイロフの「解放された演劇」、それだけ選び出して、包んでもらう。どうも、目まいがする。まっすぐに家へ帰り、すぐに寝た
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