く解けるだろうと思って、お願いに来たんですけど、本当に失礼しました。この因数分解の問題は、なかなかむずかしいんですよ。僕も来年、高等師範へ受けてみようと思っているんです。僕は秀才でないから五年から受けます。はははは。」と、とても空虚な浅間しい笑いかたをして帰って行った。馬鹿な奴《やつ》だ! 環境がこの人を、こんなに、ねじけさせてしまったのかも知れないが、でも、こんな馬鹿がいるために世の中がどんなに無意味に暗くなる事か。いちいち僕に、張り合って、けちをつけなくたっていいじゃないか。R大学へはいったからって、僕には、これぼっちも驕《おご》った気持は無いんだし、ひとを軽蔑《けいべつ》するなんて、思いも及ばぬ事なのだ。兄さんも、繁夫さんの意気揚々たるうしろ姿を見送って、
「あんな人もいるからなあ。」と呟《つぶや》いて、溜息《ためいき》をついた。
 僕たちは、すっかりしょげてしまって、なんだか、こんなところで、のんきに遊んでいるのは、ひどく悪い事のような気もして来て、
「狐には穴あり、鳥には塒《ねぐら》、か。」と僕が言ったら、兄さんは、
「視《み》よ! 新郎《はなむこ》をとらるる日きたらん。」と
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