の差別なく、ていねいに接待してあげたらしく、みんな、よろこんで帰って行ったものだ。本当に、お父さんは、人を喜ばすのが好きだったようだ。いまは、川越一太郎というとしとったお巡りさんが、老妻のキンさんと共に別荘に住んで留守番をしているのだが、僕の家《うち》のひとも、あまりやって来ないし、チョッピリ女史がお弟子やら友達やらを連れて時たまやって来ては利用しているだけで、ほとんど廃屋に近くなっているのだ。庭も荒れ放題になって、いまでは松風園も、ほろびてしまった。九十九里の避暑客だって、もう松風園を忘れてしまったのだろう。庭におとずれて来る酔狂な人もないようだ。いろいろのことを考え、兄さんの後について、サクサクと砂を踏んで歩く。黒い影法師が二つ、長く長く砂の上に落ちている。ふたり。芹川《せりかわ》の家には、兄さんと僕と、二人しかいないのだ。仲良く、たすけ合って行こう、としみじみ思った。
別荘についた頃には、もう、まっくらになっていた。電報を打って置いたので、キン婆《ばあ》さんは、ちゃんと支度をして待っていた。すぐ風呂にはいり、うまいおさかなで晩ごはんを食べて、座敷に仰向に寝ころがったら、腹の底か
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