流れ。みんな帰るべき巣を持っているのだろう。
「おや、お帰りなさい。きょうは、お早かったじゃないの。」
「うむ、仕事の話がいい工合《ぐあい》にまとまってね。」
「それは、よござんした。お風呂《ふろ》へおいでになりますか?」
平凡な、そして静かな憩《いこ》いの巣。僕には、帰るところがない。落第|坊主《ぼうず》。なんという不名誉だ! 僕は今まで、落第生というものをどんなに強く軽蔑《けいべつ》していたか知れやしない。人種がちがうものだとばっかり思っていたが、あにはからんや、僕の額にもはっきり落第生の焼鏝《やきごて》が押されてしまった。新入《しんいり》でござんす、よろしくお願い致します。
諸君は四月一日の夜、浅草のネオンの森を、野良犬《のらいぬ》の如《ごと》くうろついて歩いていた一人の中学生を見かけなかったか。見かけましたか? 見かけたならば、それならば、なぜその時に、ひとこと「おい、君」と声を掛けてくれなかったの? 僕は君の顔を見上げて、「お友達になって下さい!」とお願いしたに違いない。そうして、君と一緒に烈風の中をさまよい歩きながら、貧しい人を救おうね! と幾度も幾度も誓い合ったにちが
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