耐え切れなくなった。どうして歩いたか、わからない。振り返って僕を見たひとが、二人あった。地下鉄に乗った。浅草雷門《あさくさかみなりもん》まで来た。浅草は、大勢の人出《ひとで》であった。もう泣いていない。自分を、ラスコリニコフのような気がした。ミルクホールにはいる。卓の上が、ほこりで白くなっている。僕の舌も、ほこりでざらざらしている。とても呼吸が苦しい。落第生。いい図じゃねえぞ。両脚がだるくて、抜けそうだ。眼前に、幻影がありありと浮ぶ。
 ローマの廃墟《はいきょ》が黄色い夕日を浴びてとても悲しい。白い衣にくるまった女が下を向きながら石門の中に消える。
 額に冷汗が出ている。R大学の予科にも受けたのだけれど、まさか、――でも、いや、どうだっていいんだ。はいったって、どうせ、籍を置くだけなんだ。卒業する気はねえんだ。僕は、明日から自活するんだ。去年の夏休みの直前から、僕の覚悟は出来ていたんだ。もう、有閑階級はいやだ。その有閑階級にぺったり寄食していた僕はまあ、なんてみじめな野郎だったんでしょう。富める者の神の国に入《い》るよりは、駱駝《らくだ》の針の孔《あな》を通るかた反《かえ》って易《やす
前へ 次へ
全232ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング