ような気がする。もうすぐそこに、手をのばせば、何だか暖い、いいものが掴《つか》めそうな気がして来た。
十七歳。ちょっと憎々しい年《とし》である。いよいよ真面目《まじめ》になった気持である。急に、平凡な人間になったような気もする。もう、おとなになってしまったのかも知れない。
ことしの三月には、入学試験もあるのだから緊張していなくてはいけない。やはり一高を受けるつもりだ。そうして、断然、文科だ! 去年、たぬきに二、三度やられてから、理科のほうはふっつり思い切ったのだ。兄さんも賛成してくれた。「芹川《せりかわ》の家には、科学者の血が無いからな。」と言って、笑っていた。さて、僕《ぼく》は、文科を選んだからって、兄さんほどの文科的才能が、あるかどうか、そいつは疑問である。だいいち僕には、一高英文科に入学できる自信がない。兄さんは、大丈夫、大丈夫と気軽に言うが、兄さんは自分で楽に入学できたものだから、他のひとも楽に入《はい》れるものと思っているらしい。兄さんは、人間にハンデキャップを認めていないらしい。みんな御自身と同じ能力を持っているものと思い込んでいるらしいのだ。だから、僕にも時々、とても
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