待して見に行ったのだが、なんという事だ、ハアモニカの伴奏でもつけたら、よく似合うような、安ポマードの匂《にお》いのする映画だった。木村はいったい、どこにどう感心したのだろう。不可解だ。あいつは、案外、子供なんじゃないかな? 馬が走ると、それだけで嬉《うれ》しいのだろう。あいつのニイチェも、あてにならなくなって来た。チュウインガム・ニイチェというところかも知れない。
 今夜は、姉さんが鈴岡さんからの電話で、銀座へおでかけ。婚前交際というやつだ。二人で、いやに真面目《まじめ》な顔をして銀座を歩いて、資生堂でアイスクリイム・ソオダとでもいったところか。案外、「進め竜騎兵」なんかを見て感心しているのかも知れない。結婚式も、もうすぐなのに、のんきなものだ。やめたほうがいい。お母さんは、ついさっき癇癪《かんしゃく》を起した。からだを洗う金盥《かなだらい》のお湯が熱すぎると言って、金盥をひっくり返してしまったのだそうだ。看護婦の杉野さんは泣く。梅やはどたばた走り廻《まわ》る。たいへんな騒ぎだった。兄さんは、知らぬ振りして勉強していた。僕は、気が気でなかった。姉さんがいらしたら、何でもなくおさまる事な
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