ですよ。
 十日ほど前、市川菊之助は、僕をレインボウへ連れて行って、ごちそうしてくれて、その時にボイルドポテトをフオクで追いまわしながら、ふいとこう言ったのだ。
「私は三十まで大根《だいこん》と言われていました。そうして、いまでも私は自分を大根だと思っています。」
 僕は泣きたかった。あの団長の言葉が無かったら、僕はきょうあたり、首をくくっていたかも知れない。
 新しい芸道を樹立する。至難である。頭に矢が当らず、手脚にばっかり矢が当る。最もやり切れぬ苦痛である。一粒《ひとつぶ》の芥種《からしだね》、樹《き》になるか、樹になるか。
 もういちど、ベートーヴェンのあの言葉を、大きく書いて見よう。「善く且つ高貴に行動する人間は唯だその事実だけに拠っても不幸に耐え得るものだということを私は証拠立てたいと願う。」


 九月十七日。日曜日。
 曇り。時々、雨。きょうは、稽古《けいこ》は休みだ。きのうは道場で、夜の十一時半まで稽古があった。めまいがして、舞台にぶったおれそうになった。歌舞伎座《かぶきざ》、十月一日初日。出し物は、「助六《すけろく》」漱石《そうせき》の「坊ちゃん」それから「色彩間苅豆
前へ 次へ
全232ページ中221ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング